霊術依頼その2「金縛り」

*一個人の経験談としてお読み頂ければ幸いです。

日中は気分の落ち込みや頭痛が、夜は強い金縛りが続く時がありました。入会後は金縛りとは無縁でしたのに「なぜ?」と振り返り、思い当たることは、その少し前にあった知人とのやり取りでした。

知人の親族間で生じた問題を時折聞き、初めのうちは何か役に立てることがあれば、という気持ちで聞いていました。しかし状況が変わり専門家へ任せるべき重い問題となっていました。内容も聞くに耐えられなくなり、自分の考えを相手に伝えました。(以後音信不通)

話の内容に問題があったのか、自分の対応が悪かったのか、原因は分かりませんが、霊術をお願いしました。(金縛りの件は伝え忘れていました)

霊術依頼後・・・

霧がかかったような気持ちが徐々に解放され、その日から金縛りが無くなりました。

愚痴話をするもされるも日常よくあること。実際何が体調不良や金縛りに繋がったのかは分かりません。しかし、霊術依頼したら元気になったのは事実。(霊術とは、人間の霊的身体へ働きかけることなので肉体への影響は副次的な事の様です。)大事なことは、日頃から自分(人間)には肉体と霊的身体があると認識しそれを考慮して生きていくこと(霊魂学を知ること)、霊的身体を強化しておくこと、が目に見えない災難を避けることのように思いました。

byくろもじ

霊術依頼その1「お札」

*一個人の経験談としてお読み頂ければ幸いです。

水波霊魂学を学びますと〈伝統〉だから、〈慣習〉だからというただそれだけの理由で、何も考えずに取った宗教的行動を恥じ、自責の念にかられることがあります。その一つが神社への行動です。

人生時として辛くなったり、悲しくなったりと耐え難い経験をすることは誰にでもあると思います。そうした時に〈自力で乗り越える〉ならば一番です。人によっては〈病んでしまう〉こともあるかもしれない。自分は〈神仏に縋る〉ことも一つの突破口だ、と過去そう思いました。日本には沢山の寺社仏閣がありますから。

自分の脳では解決できない問題を人間の世界を超えた存在へ投げかけるのだから(宗教的行動)、神や霊的なことを本気で信じている方々が神を敬い、霊的に高級な空間を維持するために日々ご努力を続けられる「神聖な空間」で祈らなければならない。綺麗に掃除された所か、文化財に登録された所か等を考慮に入れるのは重要ではなくなります。このような考えが纏まってきますと自分の過去の神社参拝やそこで入手したお札には、〈神〉を求めたのではなく〈ご利益〉を求めたと認めざるを得なくなりました。

入会後、神社参拝はやめ、いずれ処分する方法が見つかるであろうと考えていた「お札」は自宅にそのままでした。しかし、ご利益のために参拝していた神社へ戻す勇気もなく、自分のご利益祈願(欲望)の集積のお札に触る勇気さえもなく霊術をお願いすることにしました。

霊術依頼後・・・

・神様に一心にお願いすればよいという自己中心的な考え

・神社参拝とは、本来宗教的行動であるという認識の欠如

を反省し、神棚のお札や神社参拝に執着しながら幸福を願うよりも、霊魂学から霊的生命体としての人間を知ることで従来悩んでいた事の質が変化したので漠然とした強い不安が少しずつ減っていった、霊術を受けた後にそのような心の変化があります。

byくろもじ

 

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にほんご

新幹線に乗車した時のこと。先に通路側に着席していた外国人に配慮しながら窓側の席を目指したら、『スミマセン』と言いながら長い脚をサッと引っ込めてくれました。反射的に『すみません』と返した日本人の自分は『ス・ミ・マ・セ・ン』      なんて素敵な言葉なんだ~と感動。

隣の席はどんな外国人だ??と内心緊張はしていたけれども、先に『スミマセン』なんて言われてしまい脱力。また『すみません』を①アクセントをつけず②適度な速さで③控え目に発せられる と身構える気も失せるな、と思いました。

少し前に日本人は『すみません』を連発する変な人種だ、みたいな批評もありましたが、戦う事を好む人達には出鼻を折る言葉だと思います。

なんでも人より前へ、上へと行きたがる社会では、『すみません』を旨く活用しながらその場を足早に立ち去る事で念の攻撃を回避できるのではないか、と思います。   外国人から日本語の良さを再認識する出来事でもありました。

byくろもじ


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※会員は対象外です。

名前

 

関東平野

私の住まいは、関東平野の北部なので、遠方の景色を遮るような小高い台地などはありません。

広々とした平地が広がり、ローカル線が走り、市街を抜ければ、すぐに田んぼの光景が広がります。

しかし近年田園風景は『開発』という名のもとにあっという間に破壊されています。

車でしか行けないような場所にショッピングモールが建ち、車を所有していなければ住めないような場所に無秩序に新興住宅街が出没し、無機質な巨大な物流倉庫があちらこちらに出現し、道路も地割れのように整備されています。

なので、車中から雄大な富士山を見つければ、すぐに様々な建物や電線等に遮られてしまいます。

歴史を振り返れば、関東平野は何もない広大な平地だったはず。

そこでは、四方八方いつ氾濫するか分からない河川に囲まれた生活なのだから『無事でありますように』と月や太陽そして彼方の富士山へ自然と祈りを捧げたであろうと想像します。

そして今と違って遮るものもなく、遠く彼方にそびえ立つ富士山はどんなに美しかったであろう、と思います。

『開発』とは日本人の日常から富士山を消すようにも思えます。

これからも富士山に憧憬を抱く日本人が絶えませんように。

byくろもじ

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ある女性のお話

先日、運動施設で私よりもずいぶんと年上かと思われる女性と一緒にレクチャー動画を見ながらじっくりとストレッチをしました。爽快でした。

途中、動作のイマイチな私へ的確なアドバイスをかけつつも綺麗にストレッチをする隣の女性の身体をちらっと見ると、日々のトレーニングで磨かれているものだな、と分かりました。

運動後雑談を少々、そして、

『私はね、この身体を生まれた時と同じ状態にして、神様へお返しするの』

と話してくれました。

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