今回の画像は、北海道東部の知床半島北岸にある知床五湖の画像です。


群馬県に引き続き、こちら長野県でも桜が咲き、春まっさかりです。
進学、就職で新しい生活をスタートされた方も多いことでしょう。
私の職場にも新人さんが入社されてきたのですが、
あるご高齢の社員さんと立ち話しましたら、「最近の若い子は・・・」「俺たちの若い頃は・・・」なんてお話されていました。
私世代も言われたなぁ、なんて思いながらお話を伺いました(^^)
この「最近の若者は・・・」というフレーズですが、
古代の石板に書きこまれていたり、日本では平安時代の「枕草子」、鎌倉時代の「徒然草」にも、そのような言葉が残っているのだそうです。
自分以外の理解しにくい何者かをカテゴライズして、批判気味になってしまうのは、はるか昔も現代も変わらない、人間のサガのようなものでしょうか。
久し振りに《水波一郎師》著、『霊魂イエス 上巻』と『霊魂イエス 下巻』を拝読させて頂きました。
私がこの2冊の書籍を初めて拝読させて頂いたのは、2017年の1月か2月の頃だったと思います。
当時、発刊されたばかりの書籍『龍』により、《契山舘》の存在を知った私は、他の宗教等の主張との違いに戸惑いつつも、なぜか日増しに高まる《契山舘》への関心を抑える事が出来ず、当時発刊されていた20冊ほどの書籍を、每日ほぼ1冊のペースで、一気に拝読させて頂きました。
そして、その20冊の中に、この『霊魂イエス 上巻』と『霊魂イエス 下巻』が含まれていたのです。
当時の私は、日々、善行と愛行に励む事が、人間が霊的に進歩向上し、死後に上の世界へ入るための、唯一の方法だと信じていました。
ですから、人間が死後に上の世界へ入るためには、《神伝の法》を実習して、幽体を健全化させる必要があるという、《契山舘》の主張を理解する事は、簡単ではありませんでした。
先日、長野県勉強会に参加させていただきました。
これまでの3回すべてに参加しましたが、この3回なくして、私は苦しいこの1年を乗り切ることはできませんでした。
参加する度に、長年の課題の心情と少しずつ向き合えるようになり、
それに伴い、苦悩が変化していきました。