死んでからでは遅いから

朝、通勤途中の車で聞く地元ラジオのCMが気になりました。

交通事故で子供を無くしたある芸能人が、交通安全を訴えているCMです。

通い慣れた通学路でも危険が潜んでいることを、繰り返し何度でも子供に言い聞かせるように切に願っている言葉は重く、何度聞いても悲しい気持ちになります。

子供を亡くした実体験があるからこそなのかも知れません。

 

「事故にあってからでは遅いから・・・」

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霊的な話は嫌いですか?

ここ一月ほど、22才の若い青年と仕事をすることがありました。

 私は、基本人見知りなので、始めは挨拶を交わす程度で、青年にあまり関心がありませんでした。

ですが、先日二人だけで仕事をすることが数日続き、その青年から話しかけてきて私のことをいろいろ聞いてきたのです。私も一応大人なので、話しかけられればそれなりの対応をします。

 私自身、契山館で霊的トレーニングをしている事を人に隠さないので、どこかで私のことを聞いているのではないかと思い、何となく一線を置いていました。 続きを読む

私が《契山館》と出会えたのは・・・

私が《契山館》に入会したのは、ちょうど3年前のことです。正確には2017年の3月初旬に入会手続きをしまして、同年4月から正式な会員となりました。

最初は一般会員として入会したのですが、複数箇所の《支部・分会集会》に参加した後、同年の4月下旬には、修行会員への変更をお願いしました。

そのあたりの事は、過去に詳しく述べた事がありますので、今回は、その前の、私が《契山館》の存在を知った時の事について、詳しく述べさせて頂こうと思います。 続きを読む

私が《契山館》の凄さを実感した時(その2)

1月27日の「私が《契山館》の凄さを実感した時(その1)」の続きです。

私が《契山館》に入会してからの、この3年近くの間に(2020年1月15日記)、最も、その凄さを実感したのは、何と言っても、2018年の中頃に、《神伝禊(みそぎ)法初伝合宿》に参加した時です。

その時の感動は、どんなに言葉を連ねても、お伝えすることは不可能です。

ぜひとも、ご自身で体験して頂きたいと申し上げることしか、私には出来ません。 続きを読む

私が《契山館》の凄さを実感した時(その1)

1月22日掲載の「私が《契山館》の凄さを実感した時(序)」に続いての内容です。

私が、初めて《契山館》の本当の凄さを実感したのは、入会した数週間後の、2017年4月下旬に、初めて《契山館》の《支部集会・分会集会》に参加した時の事でした。

受付を済ませて席に座り、意識を正面に向けた途端に、まるで雷に打たれたかのような衝撃を感じて、背筋がピンと伸びて、襟を正さざるを得ませんでした。

そして、その瞬間、「この空間には、間違いなく、人間が平身低頭しなければ失礼に当たる程の、高級な霊的存在がお越しで、高級な気で満たされている」と感じられたのです。 続きを読む