またまた身内の話です。

私には、会員ではない兄がいます。仕事の都合で群馬ではなく遠くに住んでおりますが、時々ラインで会話をします。

兄は、先祖供養などを気にする方なので、もともと信仰心はあると思います。ですが昔、密教系の僧侶に高額な加持祈祷代を支払ったものの、実感が持てなかったのか、多分それ以来宗教には近寄らなくなったと思います。

それでも霊的なことが気になると、私が信仰歴が長いのを知っているので、ラインで聞いてきたりします。

入会はあり得ないと思っているのですが、それでも兄弟なので「何かの時に」と思い、水波霊魂学の主張をそれとなく会話の中に挟むようにしております。

最近の会話なのですが、兄の方から「アヌンナキの人類創世記、エドガーケーシー、出口王仁三郎、竹内文書」などのキーワードが出てきたので、思い切って先生の著書の「神体」「龍」を薦めてみましたが、帰ってきた返答が、

「俺は宗教には興味はない!UMAやUFO、オカルト系、超能力や透明人間に興味があるんだ!」とのことでした。

私としては、個人的見解とは言え、「それらは水波霊魂学で大体が説明が付けられるし、組織でなくては大事な事は伝えられないからこそ団体が必要なんだ」と主張しましたが、返信が来なくなりました。

ここなんです!ここが「壁」なんです!何と言っても「宗教」のイメージの悪さ。確かに宗教と言えば「洗脳」「インチキ」「戦争」「お金を巻き上げられる」「人に嫌われる」と言うイメージが強すぎます。

それなのに既存の宗教には信仰心が無くても占い気分でおみくじなど引いて、身勝手な祈願で手を合わせることがある。

現代人はどうしてしまったのでしょう。

ちょっと勉強すれば分ることがいろいろあるのに、特に自分で確認してもいないのにイメージだけで決めつけられてしまいます。

所謂、新興宗教と言われるくくりになると、「宗教に走った!あいつは弱い人間だ!」と言われてしまうのです。

特にこの季節には、コンビニなどでも心霊現象関係の雑誌が普通におかれるのに、その現象の良し悪しを知ろうともしない。

遊園地の幽霊屋敷に行くような気分で心霊スポットへ行き、まるで恐怖を楽しんでいるかのようにも思えます。

その結果、見えない所で自身に何が起こっているのか知る由もなし。

世も末です。

目に見えないから「無い」のではないのです。目に見えなくても存在するものは沢山あるではないですか!?

科学で証明できないから「無い」のではないのです。科学者でも証明できない事がいろいろあるらしいです!

難しいことが分からなくても知ることが出来ます!

一度、「水波霊魂学」「神伝の法「契山館」を検索してみてください。

byガンリキ

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契山館との出会い

今回は、私の契山館への入会前後のお話です。

入会や集会の見学をお考えの方や、入会されたばかりの方の、ご参考になれば幸いです。

(1)契山館と出会うまで

私が契山館と出会うには、かなりの年数がかかりました。

私が初めて「死」ということを意識したのは4歳の時で、身近な人の死がきっかけでした。

「死んだらどうなるのだろう?」「自分がなくなるのだろうか?」「自分がなくなるってどういうこと?」などと、幼い頭で考えていたような気がします。幼かったためか、あまり恐怖感はありませんでした。

その後、幼稚園、小学校、中学校と進んでいくわけですが、人の死というものを、頻繁に意識することが多い環境に身を置いたこともあり、「死んだらどうなるのだろうか?」との思いが頭を離れることはありませんでした。

それは徐々に、「死後の世界はあるのか、ないのか?」との疑問へと変わっていきました。

中学生の頃には、「死ぬことによって数十年で自分が消滅するのなら、何のために苦労して勉強などする必要があるんだろう?頑張って成長するなんて無意味じゃないか!全員、死刑判決を受けている死刑囚も同然なのに、皆、よくも平気で日常生活が送れるものだ。」などと考えていました。 続きを読む