◇自殺の原因は根深い
自殺の原因は、自殺した本人にしか分かりません。
ですが、実は、本人も知らない、根本的な原因があったのかもしれません。
それは、自覚はなくても「霊的なカルマ」が刺激されて、意識の奥が動き出したり、「不道徳な霊魂」が関わったりした結果、自殺に追い込まれているケースが多いためです。
霊的なことを信じない人にとっては、自殺するなんて、その人の弱さが原因だと思われるかもしれません。
ですが、その弱さはどこから来たのでしょうか? 続きを読む
自殺の原因は、自殺した本人にしか分かりません。
ですが、実は、本人も知らない、根本的な原因があったのかもしれません。
それは、自覚はなくても「霊的なカルマ」が刺激されて、意識の奥が動き出したり、「不道徳な霊魂」が関わったりした結果、自殺に追い込まれているケースが多いためです。
霊的なことを信じない人にとっては、自殺するなんて、その人の弱さが原因だと思われるかもしれません。
ですが、その弱さはどこから来たのでしょうか? 続きを読む
もう10年以上の前の話になります。しかし昨日のことのように鮮明に思い出せる経験の記憶があります。転職をした話なのですがその頃、地元で働いていて勤めていた会社をクビになりました。 続きを読む
ブログに寄稿するにあたり気を付けているのは決して1人ヨガリな文書にならないようにすることです。勿論、水波霊魂学と神伝の法を1人でも多くの人に認知してもらい実践してもらいたいと言う思いは根底にありますがどんなに素晴らしいものだと全身全霊で力説したとしても『No !』と言われてしまえばそこで終了、『The End』です。 続きを読む
先日の群馬支部集会では、知人に水波霊魂学の話しをした時に、宗教的な話題となると拒否反応を感じる、という話題になりました。
そういえば私も同じように、宗教に拒否反応を示していた人の一人だったな、と思い出しました。
私の世代はオーム真理教の報道を見て育ちました。
小学校では、「しょーこーしょーこー♪」と歌ってふざけている男子がいたことをよく覚えてます。
宗教といえば、怖い、洗脳、という印象が刷り込まれているので、同世代で宗教の話が出ることはほとんどありませんでした。
そんな私でしたが、契山館には全く違和感がないのです。
出会いは、インターネットで初めて見た「死後の世界への入り口」です。
こんなに矛盾のない、信じられる説があるなんて・・・、と衝撃を受けました。
そこからいても立ってもいられず、入会して10年経ちました。
今でも他の宗教の話は苦手です。
誰かに他の宗教の話題を振られたら、拒否反応を示してしまうでしょう。
自分では言うくせに・・・。
契山館は何が違ったのでしょうか?
いくつか思い出してみました。
誰だって、私だって持っていたのです。信仰心というものの欠片を。
・朝起きて太陽を拝したくなる気持ち。
・月を見て、祈りたくなる気持ち。
・神様助けてと思う気持ち。
・今日も1日ありがとうございました、と見えない存在に感謝する気持ち。
こんな気持ちが初めからあったわけですが、現代人は忘れがちです。
そういう気持ちを大事にすればよかったのです。
それなら私にも理解できました。
② 気高さ、清らかさ、他にない印象・・・。
契山館は宗教法人ではありませんが、宗教じゃないというような逃げ方もしていません。
そんな姿勢にもとても惹かれました。
単に会員数だけ増やす目的でもなければ、退会も自由。
どこまでも誠実で汚れない、なんて清らかな団体なのだろうと思いました。
ただ、教科書を読んで知識を得るだけではないのです。
水波霊魂学によって霊的な法則を学び、修行法でそれを実感し、更には霊術や祓いなどを行うことにより、実生活においても良い影響が得られます。
ただ、信じるだけ、祈るだけ、何か奇跡を待つだけではないのです。
個人に応じた実感が得られます。
とはいえ、入会する時はとても勇気がいりました。
だって、宗教です。
「私が宗教に入会するのか?本当にいいのか?親になんて言えばいいんだ?」
と少々葛藤しましたが、そんなことどうでもいいや!
と思えるくらいに、魅力的だったのです。
今でもその魅力は色あせることなく、更に実感してしまってはもう疑う余地もありません。
この魅力、私のように宗教嫌いの方に、どうすれば伝わるのでしょうか??
はじめに読んで欲しいのは、やっぱりこちらです!
■霊魂研究へのいざない
byこま
♬♪ お近くの支部集会へ、ご見学に来ませんか? ♪♬
信仰心が強く修行をしている人と言うと、性格が良いとか人格者などと思われがちです。
しかし、修行者ではあっても、生活をして行く為には、仕事をしてお金を稼がなければいけません。
仕事をしていれば、多少の駆け引きは必要な時もありますし、表面だけとは言え、媚を売るような時もあります。
そう言った所を人に見られると、ずる賢いと思われてしまう時もあります。
水波霊魂学や神伝の法の話をしていても、仕事の話に切り替わるとしっかり損をしないような会話もします。
そんな時、相手には「この人、普段は信仰心があるぶってるけど、何だかんだ普通と変わらないじゃないか」と思われてる時があるように感じます。
「私は学歴もなく人格者ではないので、霊的な話をしても説得力を持たない。」
これが私にとってもう一つの壁です。
なので、正直なところ、仕事関係の人には霊的な話はしにくいです。(しますけど。)
世の中には尊敬できる人が沢山います。最近のニュースでも、色々な被災地に行ってボランティア活動をしている方がいました。私には到底できることではないので、心の底から尊敬します。
被災地の霊的環境を考えると、そう言った方にこそ神伝の法はあるべきだと思います。
私は普通の人間です。むしろ、性格は悪い方かもしれません。人間として生きていると「ずるい」と思えることを考える時もあるし、人に対して殴ってやりたいと思う時もあります。
しかし、だからこそ霊的トレーニング(修行)をするのです。
生きてゆくための矛盾と向き合いながら、自分の至らなさを日々改善しようと葛藤しています。
自分を見つめ、短所を改善しようと努力しながら日々神伝の法を行っていると、自分が変わって行くことに気づいて行きます。
宗教を嫌う人はおそらくこう言います。「自分の短所と向き合い、日々改善してゆくことなんか誰だってやっている」と
確かにそうですが、「神伝の法で変わって行く」こればっかりは体験しないと分らない所です。
もっと奥の方から変わってくるのです。
オンボロ自転車に例えてみます。
ブレーキの利きが悪くタイヤの空気が少し抜けています。チェーンには油がなく、たるんで錆びています。そんな自転車でも、その癖を学習し慣れてくれば、何とか運転も出来ます。しかし、もし急に曲がり角から人が出来てきたらどうなるでしょう?
「故障個所を直しておけば・・・」と後悔先に立たずです。
これを人間の心に置き換えてみます。
自分の短所と向き合い、改善する努力をすれば、そのうち感情の調整が出来るようになります。所謂、大人になったと言う事でしょうか。
ところが、人間にはある日突然、どうにも抑えられない衝動に襲われる時があります。普段なら理性で調整できたことでも、どうにもならなくなって大失敗してしまう時があります。
このどうにも抑えられない普段顔を出さない衝動を、水波霊魂学では「霊的カルマ」と言っております。
「分っちゃいるけどやめられない」これも「霊的カルマ」の仕業かもしれません。
「これ性格だから治らないんだよ!」と言う人、そんなことありません!人間努力次第で変わるのです!
この「霊的カルマ」を解消しない限り、人生の足を引っ張られます。
これを解消できるのが「神伝禊法」なのです。
オンボロ自転車の故障部分を直してしまいます。オンボロに慣れるのではなく、根本的な故障の原因を直すのです。
この感覚は、体験してみないと分からないのです。
神伝禊法は今、誰にでもできるのです。
忙しい社会人でも、主婦でも、学生でも出来るのです。
「神伝禊法」を読み、「契山館」に問い合せてください。
byガンリキ
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