「死後の世界で恋をして」を再読して(その1)

本書には、『愛って?』という副題が付いています。

本書は、婚約者の女性を残して、突然、事故死した三郎という一人の青年を主人公に、物語風に、たいへん読みやすく記されています。

三郎は肉体の死を迎え、《幽体》という霊的身体で、《幽質界》という《死後の世界》へ入ります。

そして、《幽質界》で知り合った女性達との恋愛体験や、後から他界し《幽質界》へ入ってきた元婚約者との再会などの経験を通して、《指導霊》などに導かれながら、利己的で自己中心的な愛から、《本当の愛》《真の恋愛》に目覚めていく姿が描かれています。

本書では男女の恋愛がテーマになっているわけですが、やはり恋愛というものは、人間にとって、極めて重要なテーマであるようです。

本書で分かったことは、肉体を持った身での、この世での恋愛は《真の恋愛》とは言えず、本物の恋愛は、《幽質界》に入った後に、理解出来るようになるらしいことです。

〈書籍からの引用部分削除。本書の本文をお読みください。〉(なおいー)

 

結局のところ、私達が肉体の死を迎えた後に入る《幽質界》は、物質界では肉体と重なっていた《幽体》の性質、すなわち、その健全の度合いや成長の度合いによって、行き先が決まってしまうのです。

なぜならば、肉体と離れて《幽体》の存在となった《霊魂》は、その《幽体》の成長の度合いが近い者同士でないと、同じ場所に住めないからです。

《幽体》が健全で成長しているほど、《幽体》からは《オーラ》という霊的な光のようなものが、強く出ているそうです。

一方、《幽体》が不健全で未成長であるほど、《幽体》から出る《オーラ》は弱く暗くなってしまいます。

そのため、《幽体》の性質が近い者同士でないと、互いにその存在を視認することが困難になります。

すなわち、《幽体》から出る《オーラ》が弱い《霊魂》からは、《オーラ》が自身より強い《霊魂》は眩しすぎて見えにくく、《オーラ》が強い《霊魂》からは、《オーラ》が自身より弱い《霊魂》は、暗すぎて見えないのです。

ですから、《幽体》の性質が近く、出ている《オーラ》の強さが同程度の霊魂同士でないと、その場所に《幽体》の性質が合わず、住むことが出来ないのです。

以上のように、この世で生きる私達にとって、最も重要な事は、《死後の世界》である《幽質界》で、《幽体》が不健全で未成長な《霊魂》が集まっているような階層に、入らないようにすることです。

それには、この世で生きているうちに、自身の《幽体》を健全化し、成長させて、強い《オーラ》を出せるようにしておくことが必要です。

そして、そのためには《契山館》で指導されている、《神伝の法》という霊的トレーニング法を習得し、日々、実習することに勝る方法はありません。

また、《幽体》を成長させて、強い《オーラ》を出せるようにすることは、《死後の世界》のみで役立つわけではありません。

この世において、《幽体》を成長させ、強い《オーラ》を放っていれば、私達を不幸にしようと暗躍している、いわゆる悪霊のような存在は、私達に干渉することが出来ません。

悪霊のような霊魂の《幽体》は未成長なので、私達の《オーラ》が眩しければ、近づくことが困難になるからです。

逆に、私達を霊的に正しい方向に導こうとされている、《守護霊》や《指導霊》の方々の視界には入りやすくなり、その指導を受けることが可能になります。

《守護霊》や《指導霊》の方々は、《幽体》が成長していて、強い《オーラ》を放っておられますから、私達が《神伝の法》の霊的トレーニングを行って、《幽体》から強い《オーラ》が出ていないと、その視界に入りにくくなってしまい、指導が受けられないのです。

(その2)に続きます。

byなおいー

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「死後の世界で恋をして」を再読して(その1)」への3件のフィードバック

  1. この書籍は、恋愛を通じて死後の世界のことが書いてありますが、死後の世界(幽質界)がどういうところなのか、霊魂がどのような暮らしをしているのかもよくわかると思います。地上の価値観は、全く通じません。

  2. 地上の常識が当たり前の私たちには、幽的な世界は、実に分かりにくい幽的な法則で動いている世界ですが、この書籍を読むと、本当に分かりやすく死後の世界の日常が伝わってきます。

    主人公の三郎さんは、ヒーローというより、普通の感性の持ち主のようですし、テーマが恋愛なので、とてもリアル。
    単純に、とても面白いです!

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