「お祓い」・・・そう聞きますと、一般の方には、年中行事や、よっぽど何か悪いことがあった時に検討するなど、日常から遠いもののように感じるのではないでしょうか。
「霊術」なんて、更に日常生活から遠い言葉かもしれませんね。
ですが、契山館で行っている「お祓い」、「霊術」を受けたり、施術する側になりますと、日常生活のいざという時、本当に大きな力で人生をサポートしてくれる必須の技術であることが分かります。
私はこの技法にどれだけ感謝してもしきれないほど、沢山のご恩があります。
家庭の事情で、私は低い幽気の環境に引っ越さねばならない時がありました。
神伝の法を行うようになってから数年が経ち、霊的に低い気に影響を受けにくくなってはいたものの、霊的なものに良くも悪くも敏感な体質だった私は、その空間が居心地悪くて感じてならず、こんな所で生きていかなくてはならないなんて・・・と、引っ越し前は本当にどんよりとした気持ちでおりました。
ですが幸い、私は「土地の祓」、「家の祓」など、霊的環境を改善できる作法を習っていました。入居してから作法を行ってみると、どす黒い雲の中をかき分けるような空間であったのが、それまでの生活と違和感のない空間に変わったのを感じた時、大きく生きる自信をいただきました。
あの時、ここで生きる、と決めた私の選択は、へっぽこな自分なりに人生を前に進めたいと思って決めた、入会以前ならできなかった選択でした。
そういう時、指導霊様はいつも必ずなんとか修行者が潰れないようにと、力をかけて守ってくださるように感じます。
あの時の祓いは、そんな風に指導霊様のサポートを強く確信できた時でした。
私たち会員はこんなにも強力なサポートを受けられるのだからと、恐れないようにしよう、頑張ろうと、それまで色々な事に怯えて暮らしていた私ですが、安心できるようになりました。
また、同じ頃、受けた手術の影響で、幽体に手術担当者の間気が入ってしまったことがあったのですが、この時は「人の祓」に救っていただきました。
他人の間気が入ってしまうと、幽体にとっては異物ですから、重い霊的障害に繋がりかねません。
契山館からいただいた霊的調査の結果をすぐに群馬支部の先輩に相談し、「人の祓」を施術いただきました。
あの時の高貴な力に大きく包まれた感覚、迫力は、今も忘れられません。すぐに良い状態に整えていただき、事なきをえました。
神伝の法を続けているお陰様で、今は霊的なトラブルがあっても、自分で対処が可能になりましたし、霊術は受けるより、求める方に施術することの方が増えました。
施術開始前は幽体の力がまるで無いような状態だった方が、施術が終わると良い状態に改善している・・・そんな奇跡みたいなことが毎回、自分の目の前で起こるのです。
へっぽこ人間の私に、こんな事ができるはずがありません。
人間技では到底ありえない作法の偉大さ、
指導霊様の存在を確信させるに十二分過ぎる力があるのです。
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契山館の技法は全て「神伝」です。
お金がもうかるとか、他人を追い抜きたいとか、ただ我欲の達成のために神社に通う方が、このブログをご覧になられている方の中にもいらっしゃるかもしれません。
水波霊魂学の作法に流れる力は、とてつもなく強大ですが、そんな我欲をただ叶えるような性質のものではありません。
「神伝の法」も「祓い」も「霊術」も、より良く生きたいのに、前進したいのに、と流した涙をぬぐってくださるような、本当の意味での「愛」の力が流れる作法であると、これは私個人の経験を通して思うことではありますが、強く、そう感じています。
ワガママな願いをしていたのなら、それは我欲であったのだと、自然に気付かせてくれる力であると思います。
生きていることはこんなにも素晴らしいんだと、私は契山館から習った全ての作法を通して教えていただきました。
だからこそ、一人でも多くの方に知っていただきたいと心から願っています。
byゆず
霊術は本当にありがたいし、霊的な不調が治るなんて、もの凄いことですよね(´∀`人)
本物のお祓いや霊術は迷信ではありません。
願いが叶うとか、金運が上がると言うのではなく、その原理を知ると凄さが分かります。
私も、何度も助けられました。