胸の奥まで冷え切りそうな朝、
犬の散歩に出たら、周辺が濃い霧で包まれていました。
近所の畑に、霜柱が綺麗に立ち上がる場所があるのですが、
今朝はどれ位だろうと、サクサク、フミフミするのが、最近の小さな楽しみです。
とても寒いけれど、そんな寒さだからこそ、
普段見えない水分が霧になって現れたり、霜柱になったり、
小学生の頃から、そういうのが不思議だなぁ、面白いなぁと、
それはおばちゃんになった今もですが、
いつまでも眺めていたいような気持ちになります。
散歩終わり、遠く山から太陽が出て、一気に温かさを感じました。
あんなに濃かった霧も、嘘みたいに一気に晴れて、綺麗な青空が広がりました。
太陽ってなんて偉大なんだろうと、心から思います。
水波霊魂学を知るようになって、山の偉大さ、空の美しさ、風の有難さ、
ますます自然が美しく感じます。
中でも太陽は、世界のどこからも確認できて、
かつては祈る対象としてきた人々もおられたので、
神霊が太陽を物質界の目印として、高貴な力を降ろされたこともあるのだそうです。
しかし、現代には太陽に祈る人々がなく、
そもそも神霊を求めておられる方がいらっしゃらないので、
霊的に太陽が活用されることは難しいようなのです。
是非、下記の動画をご覧ください。
いつも私たちの上方を明るく照らしてくださっている太陽。
その霊的な背景に、こんなにも大切な内容が含めれていたとは、
知らずにいて良いはずがありません。
byゆず
昔の人のように素朴な信仰心のある人が増えて欲しいですね~。
私の住んでいる南関東では、霜柱を見る機会はすっかりなくなってしまいました。
原因は2つで、気温が高くなった事と、そこら中がコンクリート等で覆われてしまったからのように思えます。
私が小学生の頃、それは何十年も前の事ですが、毎朝寒さに震えながら、霜柱を眺めつつ、1歩1歩、小さな歩みを進めていた記憶が、懐かしく思い出されます。
学校へ着くと、すっかり手がかじかんでしまっていて・・・。
そして、今よりは素朴な信仰心の名残があったであろう時代。
1日でも早く、せめてあの頃の幽気を取り戻したいと思います。
私は、霜柱を気にしたことはないのですが、そう言えばこの時期、犬と一緒に踏んでいます(^^)私の場合、いつもは太陽がのぼる前に散歩が終わるのですが、少し遅くなった時は、関東平野の水平線から太陽がのぼるのが見えます。時々、物凄く力強さを感じる時があるのですが、昔の人が太陽に神様を感じる気持ちが分かるような気がします。