イタリアこぼれ話(55)「22年」

私がイタリアでの6年間の滞在を終えて、日本に帰国したのは2001年のことでした。今年は2023年ですから、22年が経ったことになります。

あっという間に過ぎ去ってしまった気がしますが、生まれた赤ちゃんが22歳になる年数ですから、決して短いとは言えないのかもしれません。

実際、私が帰国した月に生まれた姪は、先日22歳になりました。

そして、あと22年経ったら、私はもう平均寿命を超えていることになります。

そもそも、平均寿命まで生きる保証などないわけですから、もっと一日々々を大切にして、真摯に霊魂学を学び、霊的修行を行わなければ、との思いが募る今
日この頃です。

学びも修行も、幽質界へと入ってからも、ずっと続いていくのでしょうが、やはり、この世に《神伝の法》が降ろされ、《水波一郎師》の直接の指導が受けられる今だからこそ、可能な学びと修行があり、それが極めて貴重で重要な事のように思えるのです。

この22年間で、私にとっての最大の出来事と言えば、何と言っても《契山館》と出会えたことです。

それは間違いなく、今回の人生のみならず、過去から未来へと連なる、私の魂の歴史上における、最重要な経験のはずで、今後の私の霊的生命体としての命運を、決定付けるものであったと理解しています。

もし、私が《契山館》と出会う機会を逸していたら、待ち受けていたのは、永遠の絶望でしかなかったことでしょう。その現実を知った時には、もはや手遅れで、為す術がない状況に陥っていたと思われます。

私のような宗教遍歴を重ねていた者が、《契山館》と出会うことは簡単ではなかったはずで、全ては守護霊・指導霊とその助手の霊魂の皆様方の、ご尽力のお陰であったと、感謝申し上げる次第です。

現代の劣悪な霊的環境下においては、《契山館》で《水波霊魂学》を学び、《神伝の法》の霊的修行を実習する以外に、本物の《救い》を得ることは、不可能だと言っても過言ではないでしょう。

ぜひ、この現実を重く受け止めて頂きたいと願うばかりです。

この千載一遇のチャンスを逃すことなく、本物の《救い》に手を伸ばして頂きたいのです。

間違っても、幽質界に入ってから、「あんな近くに救いがあったのに、なぜ手を伸ばさなかったのだろう?」などと、後悔するような悲しい事態には、陥らないようにして頂きたいのです。

さて、私の〈イタリアこぼれ話〉シリーズは、今回をもちまして、定期的な記事の作成を終了させて頂き、不定期の作成とさせて頂きます。

〈こぼれ話シリーズ〉は、22年から30年ほど前の、私のイタリアでの経験を元にした、主観的な内容でしたので、客観的な事実からは大きく逸脱していたり、現状を反映していない項目があったかもしれません。

そのような点につきましては、ご容赦頂ければ幸いです。

55回にわたってお読み頂きまして、誠にありがとうございました。

尚、〈写真紀行〉シリーズや、その他の私の記事につきましては、今まで通りのペースで投稿させて頂きますので、引き続きよろしくお願い致します。

byなおいー

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イタリアこぼれ話(55)「22年」」への3件のフィードバック

  1. 私も、契山館に出会わなかった人生を想像すると、ゾッとします。

    なおいーさんのイタリアこぼれ話シリーズは、自分もイタリアに行った気になれて面白かったです。(^.^)

  2. 契山館に出会えて本当に良かったですよね~(´∀`人)
    もしも出会えていなかったら、永遠に後悔していたと思います。

  3. なおいーさんのイタリアこぼれ話は、住んでいた方だからこそのお話満載で、本当に楽しいシリーズでした!不定期編も、一読者として楽しみにしております(^o^)
    水波霊魂学との出会いは、私にとっても人生の全てを変えてくれた、かけがえのないものです。出会いの先にある霊的成長をぜひ一人でも多くの方に掴んでいただきたいと心から思います。

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