私達、この世の人間は今、肉体と《幽体》という霊的身体が重なった状態で生きています。
しかし、肉体には寿命があるので、遅かれ早かれ肉体は死を迎えることになります。
すると、私達は、肉体と分離した《幽体》で、《幽質界》という《死後の世界》へと入ることになります。
《幽質界》は、現に《幽質界》で生活しておられる、《霊魂》の方々からの情報によれば、《幽体》の健康状態、活力、成長の度合いによる、階層世界になっているそうです。
よく、善行を行った人は天国に入り、悪行を行った人は地獄に落ちるなどと言われますが、実際の《霊魂》からの情報によれば、それは正しくありません。
もちろん、この世においては、法律や規則を守り、社会の秩序を維持することは、大切なことです。
ただ、この世の善悪は、あくまでも、この世のものであって、《死後の世界》である《幽質界》での階層を決める基準ではないということです。
さて、《幽体》が健全で活力があり、成長していれば、強い《幽体オーラ》が放たれ、そのような《幽体》の保持者は、この世と比べたら、まるで天国のように幸せな《上層の幽質界》へと入れるそうです。
一方、《幽体》が不健全で活力がなく、《幽体オーラ》が放たれていない《幽体》の保持者は、この世の苦しみとは比べ物にならない程の、想像を絶するような苦痛に満ちた、まるで地獄のような《下層の幽質界》へと落ちてしまうそうです。
肉体の寿命が伸びたとは言え、まだ100年以上生きる方は少数ですし、考えたくない方がおられるかもしれませんが、若くても病気や事故で、肉体の死を迎えることもあるのが現実です。
この世の人生は長くても100年、しかし、《幽体》には死がありませんから、《幽質界》での人生は、終わりがあるかどうかも分からないほど長いのです。
ですから、私達は、この世で肉体を伴って生きているうちに、何としても《幽体》を健全化して、肉体の死後は、《下層の幽質界》に落ちないようにする必要があります。
この世で、肉体と共にある時に、《幽体》を健全化して、強い《幽体オーラ》を輝かせることが出来るかどうかで、死後に入る世界が変わるのです。
現代は、この世を取り巻く霊的環境が劣悪なので、放っておけば、《幽体》が不健康で活力を失い、《幽体オーラ》が出ない状態になってしまうそうです。
何としても、そのような状態のまま、肉体の死を迎えるという、最悪な事態だけは避けたいのです。
それでは、《幽体》を健全で活力があり、強い《幽体オーラ》を放つようにするには、どうすれば良いのでしょうか?
それには、《幽気》という霊的な気を吸収する必要があります。
《幽気》は、肉体を流れる血液のように、《幽体》内を流動していると共に、空気とも重なって存在しているそうです。
ただし、私達の《幽体》を健全化させるために必要なのは、質の良い高級な《幽気》であって、質の低い《幽気》を吸収してしまえば、《幽体》は更に不健全になってしまうことになります。
昔は、神社の境内などには、実際に神様のお使いのようなお役目の、高級な《霊魂》がいらしたので、高級な《幽気》が存在していたそうです。
ですから、当時は、神社などを定期的に参拝すれば、高級な《幽気》を吸収し、《幽体》を健全に保つことも出来たと考えられます。
ところが現代では、神社などに、高級な《霊魂》がお越しになることもなくなり、この世にやって来るのは、質の低い《幽気》しか持たない、未熟な霊魂ばかりとなってしまったそうです。
そのため、私達は、性質の低い《幽気》と接触する機会ばかりが増えて、高級な《幽気》を吸収する機会を失い、《幽体》が栄養失調となって、不健全で活力を失うこととなったのです。
ところが、《契山館》には、特別な儀式や作法を行うことにより、高級な《幽気》をお持ちの《指導霊》の方々にお越し頂き、高級な《幽気》を吸収させて頂くための方法があるのです。
実は、《幽体》は、その性質が近い存在同士でないと、互いに視認が出来ないので、交流が難しく、自らの《幽体》の性質と釣り合った世界でないと、その場に居辛いというような法則があるそうです。
《幽質界》が、《幽体》の性質に応じた階層世界になっているのも、それぞれの《霊魂》の《幽体》の性質に、いちばん適した世界に落ち着いただけ、ということになるようです。
ですから、《幽体》が不健全な《霊魂》ばかりが集まる《下層の幽質界》があり、《幽体》が健全な《霊魂》が集まる《上層の幽質界》があり、更に《守護霊》や《指導霊》などの高級な《霊魂》の方々がおられる、《上級の幽質界》があるのだと言えるでしょう。
しかし、それ故に、一度、《下層の幽質界》へ落ちてしまうと、そこから進歩・向上して、上の世界へと上がることが困難なのです。
そこに存在しているのは、《幽体》が不健全な《霊魂》ばかりで、基本的に、誰も《幽体》を健全化して、上の世界へと上がる方法を知りません。
上の世界の《指導霊》などの方々の中には、何とか下の世界の《霊魂》を救済したいと活動されている方もおられるそうですが、《指導霊》などの方々の《幽体》の性質では、《下層の幽質界》には近付くことさえ容易ではありません。
また、《下層の幽質界》の《霊魂》が、上の世界へと近付けるはずがありません。
このように、一旦、《下層の幽質界》へ落ちてしまうと、《幽体》を健全化させるために必要な、高級な《幽気》と接触し、それを吸収することが、極めて困難になると言えるでしょう。
やはり私達は、この世で肉体と共にある間に、何としても高級な《幽気》を吸収して、《幽体》を健全化して、下の世界に落ちないようにする必要があるのです。
《契山館》の研修や集会の場には、高級な《指導霊》の方々がお見えになり、会場の空間は、高級な《幽気》で満たされるそうです、その空間に入室することが出来れば、その《幽気》を吸収させて頂くことが出来るわけです。
しかし、その空間に入室することが出来るのも、私達に肉体があるからなのではないか、と私は考えています。
もし、私達が肉体を失った《幽体》の存在、すなわち《霊魂》だったら、私達は、お越しの《指導霊》の方々の放たれる強烈な《幽体オーラ》の光に目が眩んで、とてもその場に存在することは出来ないだろう、と私は想像しています。
更に、一度研修で正式な指導を受ければ、自宅等で、その指導を受けた霊的トレーニングを行う時には、いつでも《指導霊》の方にお越し頂くことが可能になります。
そして、そのご指導の下に、霊的トレーニングを行うことにより、《幽体》の健全化を図ることが出来るのです。
私達は、肉体に宿っていることにより、食べなければ生きられない、眠らなければ生きられない、など様々な制約を受けて、不便な生活を強いられているのも事実でしょう。
しかし、肉体があるお陰で、自身の《幽体》の状態にかかわりなく、高級な《霊魂》の方々とも接触することが出来きるとも、言えるのではないでしょうか。
この世では、ものすごく低い幽気と接触してしまう可能性もありますが、求めさえすれば、ものすごく高級な《幽気》と接触するチャンスもあります。
霊的世界では、絶対にお会い出来ないような、高級な《幽気》をお持ちの、偉大な存在とも、この世でなら、お会い出来るチャンスがあるのです。
例えば、畏れ多いことではありますが、イエス師やシャカ師のような、キリストと称されるような偉大な方にも、この世におられる時であったなら、お会い出来るチャンスはあったことになります。
ぜひ、《神霊》から《神伝の法》が降ろされている現代に、肉体を持って、この世に存在しているという千載一遇のチャンスを、一人でも多くの方に、いや出来得るならば全ての方に、逃さずに掴んで頂きたいと願ってやみません。
求めさえすれば、掴める所に、そのチャンスはあるのです。
byなおいー
♬♪ お近くの支部集会へ、ご見学に来ませんか? ♪♬
現代の霊的な環境の現実は大変厳しいようですが、「神伝の法」が降ろされたと言うことは、対策が示されたと言うことです。
ある意味、この時代に生まれた人達はものすごくラッキーと言えるのかもしれません。
死んでから上の世界を目指しても、なかなか成長出来ませんよ!
ましてや下の世界に入ってしまうと、成長どころか日々争って、更に下に。
永遠に苦しむ事になりますよ((((;゜Д゜))))ブルブル
この世でのあまりに多くの苦痛や悲しみゆえに、地上の人々は救いを求めましたが、その叫びがなんと神霊という高貴な存在にまで届き、結果としてこの物質界に《キリスト》と言われる神人が降りてきてくださいました。私達が今生きている地上は、そんな高貴な霊魂が存在しうる奇跡が起こる場所なのだそうです。
災害ばかり、悲惨な事件ばかりのこの世は、霊的な視点が欠けていれば、もはや地獄と変わりないかもしれませんが、一方でこの世には霊的トレーニングが救済策として用意されており、求めれば、必ず報われるようにできています。生きることに苦しんでいる方には、是非とも気づいていただきたいと心から願っています。
神の軍隊と地獄の大悪魔の軍隊は戦うことはおろか宣戦布告も休戦協定の話し合いをすることすら出来ません。
それが死後の世界の絶対不可侵な霊的生命体の法則だからです。
肉体を所持している人間達が地獄に堕ちぬように日々、苦心している高貴な霊魂方から言わせればこの物質世界は高い者も低い者も同時に存在出来てコミュニケーションが取れるある種、法則を無視した異常な世界だと言えるそうです。
法則を無視しているからこそ出来る救済方法があります。《契山館》の主張に耳を傾けて下さい。
この時代に生まれて、霊魂学を知ったこと、水波先生の書籍を読めたこと、霊的修行法を教えて頂いたこと、正に奇跡…、自分は運がよかったとしか思えません。。。