初めて御剣と御鏡を目にした日から、一年ほどが経った。
再び、神気降臨祭が執り行われた。
参加者としてその場を終えると、自分の霊的身体が受けた衝撃によって、どうにも動けなくなってしまう。
傍らから肉体の脳で見れば、儀式の流れや人の動きなど、特別なことはない。
むしろさほど面白くもない光景かもしれない。
しかし、自身の幽体や霊体にとっては、一瞬一瞬が信じ難い光景なのだ。
そこに存在するだけで精一杯になるほどのことが行われているのである。
神気降臨祭では、御剣、御鏡、御石が登場する。
御剣、御鏡、御石。
高貴な霊魂方に力を降ろしていただくための目印であるという。
しかし、何をどうすれば何が起こるのか、私にはうかがい知ることもできない。
ただ、それらが到底私たちには扱えないものであることだけはわかる。
けれど、それらを扱われる方がいらっしゃる。
御剣を扱われる方がいらっしゃる。
その事実は、この広大な人生において、どれほどの光であろうか。
これほどまでに勇気を与えてくださることを、私は他に知らない。
ひれ伏して誠心誠意、人生をかけて神霊との掛け橋をお守りしようと思った。
必ず、次へつなげる。
そのために、私たちはいる。
御剣を扱われる方が、いらっしゃるのだから。

参考)霊魂学最前線より
13 霊的儀式とは? https://keizankan.com/saizensen/?p=1584
天皇霊 4 三種の神器 https://keizankan.com/saizensen/?p=1851
by円

弟子として、後悔しないようにしたいです。
霊的な事は分からなくても、感動するし、なにか衝撃もありますよね~(´∀`人)
多くの人に参加して欲しいです(`・ω・´)
私も常に、円さんと同じ思いの人間でありたいです。
神気降臨祭などの儀式の場に集わずして、何のための人生でしょう。
次回の神気降臨祭には、今、このブログをお読みの方にも、ぜひご参加頂きたいと、心より願っております。